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学会雑誌抄録

『日本甲状腺学会雑誌』 2010年4月号(Vol.1 No.1)

[特集1]バセドウ病診療UPDATE

バセドウ病の薬物治療

[特集2]甲状腺疾患と妊娠

母体の妊娠初期甲状腺機能低下と児の神経発達・知能との関係

産後の甲状腺機能異常症

TSHレセプター抗体陽性母体より出生する胎児・新生児の甲状腺機能異常

チアマゾールに関連した催奇形性について

シリーズ[ちょっとした疑問]

バセドウ病の無機ヨード療法のコツ

[特集1]バセドウ病診療UPDATE

バセドウ病の外科療法

高見  博

*帝京大学医学部外科

Key words
バセドウ病(Graves’ disease),手術(surgery),甲状腺切除(thyroidectomy),
副甲状腺機能低下症(hypoparathyroidism),嗄声(hoarseness)

要旨
バセドウ病に対する 3 種類の治療方法(内科的,放射線,外科的)には,それぞれ一長一短がある。よって手術を行うにあたっては,他の二つの治療法の長所,短所も十分に説明することが重要である。
外科的治療の頻度は下がってきているものの,最も早期に確実な治療効果が得られることから,現状でも手術が最良の治療法と考えられる症例も少なくない。よって適応とタイミングを厳格に決定し,手術を行う際には長所は,期限付きで寛解が得られる,再発率が低い,短所として,手術瘢痕を残す,危険性,後遺症があり得る,治療成績,術後の合併症が術者の技術により左右される,などがある。

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[特集2]甲状腺疾患と妊娠

母体の妊娠初期甲状腺機能低下と児の神経発達・知能との関係

百渓 尚子 岩間 彩香

*東京都予防医学協会 内分泌科

Key words
甲状腺機能低下症(hypothyroidism),妊娠(pregnancy),胎児(fetus),
神経発達(neurodevelopment),知能(intelligence)

要旨
甲状腺ホルモンは脳の正常な発達に必須で,ことに生後数ヵ月が重要である。また,甲状腺機能開始前は,母体由来のサイロキシン(thyroxine:T4)が欠かせない可能性が実験的成績で示されている。妊娠初期を扱った臨床成績としては,妊娠12週に遊離サイロキシン(free thyroxine:FT4)が正常低値であった妊婦の児の精神運動発達が劣っており,FT4と発達に有意の相関があったという報告がある。しかし母体のT4不足が児の神経発達に影響した可能性を示唆するその他の臨床研究では,不足が妊娠初期に限定されていないか期間が明確でない。一方,数は限られているが,妊娠中の経過を詳細に追い,治療により妊娠後半に機能が回復していた例を調べたものでは,妊娠初期に甲状腺機能低下があっても児に発達の遅れはみられていない。この中にはT4濃度が検出不能に近かったものもある。したがって,T4不足が脳の発達に障害となるとしても不可逆的な影響を残すとはいえない。今後検討すべきは,乳児期も含め,ヨード摂取との関連であろう。なぜならT4不足が悪影響を及ぼすとした成績は,世界保健機関(WHO)の推奨よりヨード摂取量が少ない者が無視できない頻度で存在する地域から出されているからである。

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産後の甲状腺機能異常症

網野 信行

*医療法人神甲会 隈病院

Key words
出産後甲状腺機能異常症(postpartum thyroid dysfunction),出産後自己免疫性甲状腺症候群(postpartum autoimmune thyroid syndrome),出産後甲状腺炎(postpartum thyroiditis),甲状腺機能低下症(hypothyroidism), バセドウ病(Graves’ disease)

要旨
潜在性自己免疫性甲状腺炎が出産後増悪し甲状腺機能異常が発生する。この病態は5病型に分類される。出産後免疫反応の亢進により発生し,出産後婦人全体の5〜10%に認められる。出産後早期に破壊性甲状腺中毒症を示し,引き続き一過性甲状腺機能低下症を示す病型が最も多い。これらは出産後甲状腺炎といわれる。出産後発生するバセドウ病も含めて機能異常症全体を出産後甲状腺機能異常症または出産後自己免疫性甲状腺症候群といわれる。
バセドウ病は出産後機能異常症全体の4.5%を占め,約半数は一過性で自然軽快する。出産後1年以内に甲状腺機能異常の発症があり抗甲状腺抗体が陽性の場合は,出産後甲状腺機能異常症と診断できる。治療は,出産後以外のときのバセドウ病,破壊性甲状腺中毒症,および甲状腺機能低下症と同じである。バセドウ病では,母乳中への移行が少ないプロピルチオウラシル(propylthiouracil:PTU)を用いる。抗甲状腺抗体値が高い例では永続性甲状腺機能低下症の発症率が高い。また甲状腺機能低下症が一旦回復してもさらに5年以降で20〜30%は永続性甲状腺機能低下症へと進展してゆく。

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TSHレセプター抗体陽性母体より出生する胎児・新生児の甲状腺機能異常

松浦 信夫

*聖徳大学児童学部児童学科

Key words
新生児バセドウ病(neonatal Graves’ disease),新生児甲状腺中毒症(neonatal thyrotoxicosis),
新生児一過性中枢性甲状腺機能低下症(neonatal transient central hypothyroidism),
TSH受容体抗体(TSH receptor antibody),甲状腺刺激抗体(thyroid stimulating antibody)

要旨
選択されたバセドウ病母親から生まれた新生児132例を観察した。31例は新生児バセドウ病を発症し,28例は一過性中枢性甲状腺機能低下症に陥った。また,甲状腺クリーゼの母親から出生した一過性甲状腺中毒症を経験し,これが一過性中枢性甲状腺機能低下症に移行することを明らかにした。従来の報告と同様に,新生児バセドウ病の発症には,甲状腺刺激ホルモン受容体抗体(TSH-receptor antibody:TRAb),甲状腺刺激抗体(thyroid stimulating antibody:TSAb)の両活性が強いことが関与していた。一方,中枢性一過性甲状腺機能低下症はTRAb活性の強弱にかかわらず,TSAb活性は弱かった。この違いが,同じバセドウ病の母親から生まれる子どもの異なる病態の発症に関わると考えた。

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チアマゾールに関連した催奇形性について

荒田 尚子

*国立成育医療研究センター 母性医療診療部 代謝・内分泌内科,同センター内妊娠と薬情報センター

Key words
抗甲状腺薬(antithyroid drug),バセドウ病(Graves’ disease),
チアマゾール奇形症候群(methimazole embryopathy),大規模前方視研究(large prospective study)

要旨
チアマゾール(thiamazole:MMI)のプロピルチオウラシル(propylthlouracil:PTU)に対するその効果や副作用に関する優位性が明らかにされている一方で,MMIの催奇形性に関しては,まだ確実なエビデンスはない。そのために,バセドウ病は妊娠可能女性に多い疾患であるのにもかかわらず,いったん妊娠を前提とした場合の最良のバセドウ病治療の結論はほど遠い。我が国では,抗甲状腺薬がバセドウ病の主な治療法であることから,妊娠中の抗甲状腺薬使用に関する母体・胎児双方の安全性について日本からの確実なエビデンスが必要と考えられる。

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シリーズ[ちょっとした疑問]

バセドウ病の無機ヨード療法のコツ

岡村 建,萬代 幸子,藤川 潤,佐藤 薫

*九州大学病態機能内科学(第二内科)内分泌研究室

Key words
ヨード(iodide),バセドウ病(Graves’ disease),抗甲状腺剤(antithyroid drug)

要旨
バセドウ病の無機ヨード療法のコツについて述べる。急を要しないバセドウ病においてはなるべく副作用の少ない治療法を選択すべきである。ヨウ化カリウム100mg朝1回投与を試み,ヨウ化カリウムのみ,あるいは少量または中等量のチアマゾール(MMI)を併用することによって良好なコントロールを得ることができる。難治の場合は131I療法の適応も考慮する。無機ヨード療法および131I療法により,無顆粒球症などの抗甲状腺剤の重篤な副作用を軽減することができる。

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