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学会雑誌抄録

『日本甲状腺学会雑誌』2012年4月号(Vol.3 No.1)

[特集1]ホルモン作用:作用機序と破綻による疾患

甲状腺ホルモンの作用機構

[特集2]甲状腺放射線障害

チェルノブイリと甲状腺癌

[症例報告]

重度の吸収障害でLT4投与法に苦慮した甲状腺機能低下症の一例

[特集1]ホルモン作用:作用機序と破綻による疾患

甲状腺ホルモンの作用機構

松下 明生,佐々木 茂和

* 浜松医科大学第二内科

Key words
甲状腺ホルモン(thyroid hormone),甲状腺ホルモン受容体(thyroid hormone receptor, TR),
転写制御(transcriptional control),非ゲノム作用(non-genomic action)

要旨
甲状腺ホルモン(T3,T4)は細胞内で核,細胞膜,細胞質,ミトコンドリアなどの様々な部分に作用することが知られている。核内の甲状腺ホルモン受容体(thyroid hormone receptor,TR)はT3の結合により遺伝子の転写を制御する転写因子として働く。一方でTRによる遺伝子の転写調節を介さない甲状腺ホルモンの作用は,non-genomic actionと呼ばれ,極めて短時間のうちに細胞膜や細胞質で効果を発揮する。また,甲状腺ホルモンはミトコンドリアのエネルギー産生や細胞骨格を形成するマイクロフィラメントの維持にも働いている。

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[特集2]甲状腺放射線障害

チェルノブイリと甲状腺癌

林田 直美,高村 昇
* 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 国際保健医療福祉学研究分野

Key words
チェルノブイリ(Chernobyl),甲状腺癌(Thyroid cancer),内部被曝(Internal exposure)

要旨
チェルノブイリ原子力発電所事故の後,小児甲状腺癌が増加したことはよく知られている。事故当時の旧ソ連では,汚染した食物の流通制限,摂取制限が行われなかった。住民は汚染された牛乳や野菜,水などを制限なく摂取し,ヨウ素131の内部被曝による甲状腺癌増加の大きな原因となった。チェルノブイリ事故後の小児甲状腺癌は,線量依存性であり,被曝時年齢が若いほどリスクが高い。さらには組織型や悪性度など,様々な特徴を持つ。これまで長年にわたり,放射線誘発甲状腺癌のメカニズム解明を目的として,臨床疫学研究,分子生物学研究が行われてきた。さらに,遺伝子多型解析による個人リスク評価も進められているが,放射線誘発に特異的な発癌メカニズムや発癌リスクの解明は未だなされていない。チェルノブイリ事故後の甲状腺癌リスクは,今後も続いていくことが予想されており,被曝を受けた住民の経過観察を継続することが重要である。

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[症例報告]

重度の吸収障害でLT4投与法に苦慮した甲状腺機能低下症の一例

越智 可奈子*1,大塚 文男*2,中村 絵里*1,塚本 尚子*1,武田 昌也*1,稲垣 兼一*1,三好 智子*1
三村 由香里*1,小倉 俊郎*1,名和 秀起*3,槙野 博史*1

*1 岡山大学病院 内分泌センター/腎臓・糖尿病・内分泌内科,*2 総合内科,*3 薬剤部

Key words
甲状腺機能低下症(hypothyroidism),吸収不良症候群(malabsorption syndrome),
レボチロキシンナトリウム(LT4)静注製剤(intravenous injection of levothyroxine sodium),
短腸症候群(short bowel syndrome),右心不全(right heart failure)

要旨
症例は56歳・女性。2003年に慢性腸閉塞にて右半結腸切除,2007年に術後縫合不全にて大腸亜全摘・人工肛門造設,長期の経口摂取困難と腸管吸収不良により2008年まで中心静脈栄養管理であった。約20年前より橋本病による甲状腺機能低下症と診断され,2004年よりレボチロキシンナトリウム(LT4)製剤の経口投与を開始するも腸管吸収不良のため改善が得られず2008年よりLT4坐薬による経直腸投与を追加し,2010年よりリオチロニンナトリウム(T3)製剤の経口投与を追加したが血中レベルの上昇が得られず徐々に心機能低下,下腿浮腫,ADL低下が顕著となった。2011年よりT4製剤1400µg(経口+坐薬)+T3製剤37.5µg/日の投与にても血中FT3 0.26pg/mL(2.3~4),FT4<0.04ng/dL(0.97~1.69),TSH 76.82µU/mLと甲状腺機能低下の増悪を認めたため,患者の同意・院内委員会の承認にてLT4静注製剤の併用を開始した。静注製剤を入院にて少量より漸増し(LT4 10→50µg/連日),その後,外来にて週1回(100~200µg/回)の外来点滴としたところ徐々に血中ホルモンが安定し,現在2週間に1回LT4 300µg/回にて経過観察中である。経口LT4不応性の甲状腺機能低下症は非常に稀であるが,坐薬も奏効せず甲状腺機能低下症の進行を認める場合は静注製剤の導入が考慮される。甲状腺ホルモンのコントロールに苦渋しているため,文献的な考察を加えて報告する。

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