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学会雑誌抄録

『日本甲状腺学会雑誌』2013年10月号(Vol.4 No.2)

[特集1]甲状腺癌の治療と診断:最新のトレンド

芽細胞発癌(fetal cell carcinogenesis)

甲状腺濾胞癌分子診断法の開発

甲状腺分化癌の予後因子

甲状腺未分化癌の治療

[特集2]わが国における甲状腺疾患登録とその利活用

National Clinical Database(NCD)と甲状腺疾患

甲状腺悪性腫瘍登録の検討~UICCとNCD,地域がん登録

甲状腺未分化癌研究コンソーシアム

一般社団法人 日本アイソトープ内用療法センター:甲状腺癌のアイソトープ治療症例の登録

[特別寄稿]

福島県以外の3 地域で行った超音波による小児甲状腺検診の調査結果

[症例報告]

PTEN 遺伝子に異常を認めた Cowden 症候群に対して甲状腺全摘を施行した小児症例

TSH 産生下垂体腫瘍と診断され経蝶形骨洞手術が施行された甲状腺ホルモン不応症の一例

[特集1]甲状腺癌の治療と診断:最新のトレンド

芽細胞発癌(fetal cell carcinogenesis)

髙野 徹
大阪大学大学院医学系研究科臨床検査診断学

Key words
◉ 芽細胞発癌(fetal cell carcinogenesis),◉ 甲状腺幹細胞(thyroid stem cell),◉ 甲状腺芽細胞(thyroblast),
◉ リバースアプローチ(reverse approach),◉ 幹細胞危機(stem cell crisis)

要旨
芽細胞発癌説とは,従来の古典的多段階発癌説に代わり甲状腺癌の臨床的・分子的エビデンスに基づいて提唱された新しい発癌理論である。癌細胞の発生について,従来の多段階発癌説では分化を完成した細胞,たとえば甲状腺濾胞上皮細胞が,増殖過程で悪性形質を獲得することにより癌化するとしているのに対し,芽細胞発癌説では,もともと癌形質に類似した移動能・増殖能をもつ臓器発生初期に存在する胎児性細胞が分化することなく増殖することで形成されるとしている。近年,この理論の予測するとおり甲状腺癌においても癌幹細胞の存在が証明され,甲状腺癌の見方・考え方は大きく転換しようとしている。

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甲状腺濾胞癌分子診断法の開発

清水 寛之*1,小田 健太*1,髙野 徹*2,伊藤 康弘*3,廣川 満良*4,宮内 昭*3,倉田 寛一*1
*1:シスメックス株式会社中央研究所,*2:大阪大学大学院医学系研究科臨床検査診断学,
*3:医療法人神甲会隈病院外科,*4:医療法人神甲会隈病院病理診断科

Key words
◉ 濾胞癌(follicular thyroid cancer),◉ 分子診断(molecular diagnosis),
◉ 遺伝子発現プロファイル(gene expression profile),◉ 遺伝子変異(gene mutation),◉ 転座(translocation)

要旨
甲状腺腫瘍の良・悪性の鑑別診断は,通常,術前穿刺吸引細胞診にて行われているが,濾胞性腫瘍の場合には鑑別が困難なことが多い。この課題の解決法の一つとして分子診断(遺伝子検査)法が検討されてきた。遺伝子検査による鑑別診断法には,癌遺伝子変異・転座を検出する方法と遺伝子発現プロファイルによる方法の2つがある。本稿では,濾胞性腫瘍を主として,これまで行われてきた甲状腺腫瘍遺伝子検査の研究成果の概略を説明する。また,われわれのマイクロアレイによる遺伝子発現プロファイル法の成果と今後の展望もあわせて報告する。

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甲状腺分化癌の予後因子

伊藤 康弘,宮内 昭
隈病院外科

Key words
◉ 甲状腺分化癌(differentiated thyroid cancer),◉ 予後因子(prognostic factor)

要旨
本稿では甲状腺乳頭癌および濾胞癌の予後因子について述べる。乳頭癌においては高齢者,大きな原発巣およびリンパ節転移,原発巣およびリンパ節転移巣におけるEx2に相当する他臓器への進展が,術前術中所見に基づく代表的な予後因子である。また,サイログロブリン(Tg)抗体陰性の全摘症例に限られるが,術後のTgdoubling-time(DT)は上記の予後因子よりも強く生命予後を規定し,特にTg-DTが2年未満の症例は,非常に生命予後が不良である。濾胞癌は浸潤度によって広汎浸潤型と微少浸潤型に分かれるが,広汎浸潤型の予後は不良であり,当院では病理検査でそう診断された場合,補完全摘を行い,術後のTgモニタリングおよび遠隔再発が出現した際のアイソトープ治療に備えている。微少浸潤型に対しては比較的予後が良好であるため,基本的に追加手術を行っていなかったが,血管浸潤が多いもの,腫瘍径の大きなもの,高齢者は予後不良であり,こういった症例については,補完全摘を考慮してもよいかと考えられる。

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甲状腺未分化癌の治療

宇留野 隆
伊藤病院外科

Key words
◉ 甲状腺未分化癌(anaplastic or undifferentiated thyroid cancer),◉ 化学療法(chemotherapy),
◉ パクリタキセル(paclitaxel),◉ 治療(treatment)

要旨

根治術,化学療法,放射線外照射を達成できた症例のなかに,長期生存症例を散見する。
切除し得ると判断される未分化癌(StageⅣAおよびⅣBの一部)は,手術が推奨される。
切除困難なStageⅣBの未分化癌は,放射線外照射や化学療法により,切除可能な病変へのdown stagingを目指す。
weekly paclitaxel(w-PTX)は,外来で施行可能で,副作用が少ないため,QOLを維持しながら実施可能である。
分子標的治療薬の認可が切望されるが,未分化癌への単剤での治験成績は,現時点であまり芳しくない。
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[特集2]わが国における甲状腺疾患登録とその利活用

National Clinical Database(NCD)と甲状腺疾患

鈴木 眞一
福島県立医科大学医学部甲状腺内分泌学講座

Key words
◉ NCD(National Clinical Database),◉ 甲状腺(thyroid),◉ 副甲状腺(parathyroid),
◉ 副腎(adrenal gland),◉ 内分泌(endocrine)

要旨
National Clinical Database(NCD)が2011年1月から登録が開始され,甲状腺疾患についても内分泌・甲状腺外科専門医制度を確立運営している日本内分泌外科学会,日本甲状腺外科学会が2階建ての項目設定を担当している。甲状腺,副甲状腺,副腎の各疾患の入力項目があるが本項では甲状腺疾患を対象に入力項目などの解説を行う。今後は学会を中心にデータ利用申請を行い,学会としてのデータ発信等に活用される。

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甲状腺悪性腫瘍登録の検討~UICCとNCD,地域がん登録

伊藤 公一
伊藤病院

Key words
◉ がん登録(cancer registry),◉ 甲状腺癌(thyroid cancer),◉ 一般社団法人National Clinical Database(NCD),
◉ 国際対がん連合(Unio Internationalis Contra Cancrum:UICC)

要旨
既存の甲状腺悪性腫瘍登録3種(UICC,地域がん登録,NCD)について,それぞれの経緯,現状を調べ,登録項目の詳細について分析した。
そもそもの目的が異なるために,不一致,無駄な作業が多数存在し,現場の登録業務で問題が山積している。
それらが効率よく整理,省力化されたうえで,長年に渡り日本甲状腺外科学会が管轄し,諸般の事情で8年前より休止中であるUICCの円滑な復活に繋げたい。

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甲状腺未分化癌研究コンソーシアム

小野田 尚佳*1,2,杉谷 巌*1,3,鈴木 眞一*1,4,吉田 明*1,5,神森 眞*6,7
*1:甲状腺未分化癌研究 コンソーシアム 世話人,*2:大阪市立大学大学院腫瘍外科,
*3:日本医科大学内分泌外科,*4:福島県立医科大学甲状腺内分泌学,
*5:神奈川県立がんセンター乳腺内分泌外科,*6:金地病院外科,*7:TODoc NETWORK

Key words
◉ 甲状腺未分化癌(anaplastic thyroid cancer),◉ 全国登録(nation-wide registry),
◉ 治療(treatment),◉ 予後(prognosis),◉ 臨床試験(clinical trial)

要旨
甲状腺未分化癌研究コンソーシアム(ATCCJ)は,稀少疾患(Orphan disease)である甲状腺未分化癌(ATC)の多施設での患者情報を集積した大規模な全国的データベースの構築と解析を目的として2009年1月に発足し,診断・治療・予後などの情報から本邦におけるATC診療の現状を把握するためのさまざまな後ろ向き解析を行うものとした。その結果をもとにエビデンスに基づく診療指針の作成,系統的治療法の前向き検討,新薬による治験などを行うことを目指し,治療成績改善を究極の目的とした。2013年5月には51施設が参加,990症例が集積されている。これまでに世界最大の後ろ向き解析結果が報告され,Stageと予後因子別の治療方針を提唱し得た。さらに,前向きの医師主導型臨床試験が順調に進行中であり,手術検体を用いた病理学的,基礎的検討も展開されている。
現在は外科医主体の組織であるが,透明性のある民主的な組織運営とともに,将来を見据えた事業展開を行っており,今後の発展に向け読者諸兄の御賛同,御協力を期待したい。

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一般社団法人 日本アイソトープ内用療法センター:甲状腺癌のアイソトープ治療症例の登録

横山 邦彦,辻 志郎,道岸 隆敏
公立松任石川中央病院甲状腺診療科

Key words
131I ablation治療(131I thyroid remnant ablation therapy),◉ 甲状腺分化癌 (differential thyroid cancer),
◉ アイソトープ内用療法 (radionuclide targeting therapy),◉ ヨウ素 (iodine)

要旨
放射性ヨウ素(131I)による内用療法は,甲状腺癌の標準治療の1つである。しかしながら,適応症例の選択基準や治療手技の細部については施設で異なっており,治療効果に関するエビデンスもわが国では不明確である。治療効果や予後への貢献を医学的に明らかにするためには,治療方法の標準化とともに症例を前向きに登録して,定期的に予後調査結果を集積し,治療成績を評価する必要がある。一方,甲状腺癌に対する131I治療後の長期経過観察に基づく治療成績を各施設単独で統計的に評価することは困難である。日本核医学会が症例登録を目的とした一般社団法人日本アイソトープ内用療法センターを2013年8月21日に設立した。今後は同センターで症例登録を前向きに行い,データを一元管理して,治療成績の評価を行ってゆく。適正な症例登録と追跡調査は公共の福祉のみならず,公衆被ばくの管理を求める規制当局の要請をも満たす一助になろう。

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[特別寄稿]

福島県以外の3 地域で行った超音波による小児甲状腺検診の調査結果

谷口 信行
自治医科大学臨床検査医学(甲状腺結節性疾患有所見率等調査委員会 委員長)

要旨
福島県以外の3地域で,福島県民調査とほぼ同様な条件で超音波による小児甲状腺検査を行った。4,365人に行った結果は,二次検査を必要としないA判定が99%,二次検査を必要とするB判定は1%と分類された。直ちに二次検査を必要とするC判定はみられなかった。A判定のうち,結節や嚢胞を認めないA1判定は全体の42.5%,5.0mm以下の結節や20.0mm以下の嚢胞を認めるA2判定は,全体の56.5%を占めた。結果の解釈には,慎重な判断を要するものの,これらの結果は,福島県での調査と同程度またはやや大きい数値であった。

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[症例報告]

PTEN 遺伝子に異常を認めた Cowden 症候群に対して甲状腺全摘を施行した小児症例

小林  薫*1,廣川 満良*1,網野 信行*1,宮内  昭*1,小飼 貴彦*2,菱沼  昭*2
*1:隈病院,*2:獨協医科大学医学部感染制御・臨床検査医学

Key words
◉ Cowden症候群(Cowden syndrome),
◉ PTEN遺伝子(phosphatase and tensin homolog on chromosome10 gene:PTEN gene),
◉ ポリポージス(polyposis),◉ 甲状腺全摘(total thyroidectomy),◉ 腺腫様甲状腺腫(adenomatous goiter)

要旨
症例は初診時10歳の男児。Cowden症候群の家族歴があり,父,叔母,祖父に甲状腺の手術歴あり。知的障害なし。甲状腺の超音波検査で多発性結節。細胞診で良性,腺腫様甲状腺腫の疑い。食道,胃,十二指腸,大腸にポリープの多発あり。消化管,甲状腺病変と家族歴からCowden症候群に矛盾しないと診断した。12歳時,甲状腺全摘を施行した。病理診断では,多発性の結節が存在し,被膜浸潤,脈管侵襲は認めず腺腫様甲状腺腫と診断された。術後経過は良好である。PTEN 遺伝子ではdel13A(hetero)の異常を,蛋白レベルではp.Ile5fsX18の異常を認め,これは一塩基欠失により5番目のアミノ酸からフレームシフトを生じ,PTEN としての機能を失った23アミノ酸のペプチドの発現が示唆された。
Cowden症候群は1963年LloydとDennisによって報告された遺伝性の疾患であり,PTEN 遺伝子の変異と相関している。全身の広汎な臓器に良性と悪性の腫瘍が生じる。これに伴う甲状腺病変は良性が多く,悪性としては濾胞癌が報告されている。甲状腺病変の強い家族歴がある場合は甲状腺全摘を考慮すべきである。

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TSH 産生下垂体腫瘍と診断され経蝶形骨洞手術が施行された甲状腺ホルモン不応症の一例

神谷 麻衣*1,竹下 彰*1,鈴木 尚宜*1,宮川 めぐみ*1,伊藤 純子*2,福原 紀章*3,西岡 宏*3,崎原 哲*4,須田 俊宏*4,山田 正三*3,竹内 靖博*1
*1:虎の門病院内分泌代謝科,*2:虎の門病院小児科,*3:虎の門病院間脳下垂体外科,
*4:弘前大学大学院医学研究科内分泌代謝内科学講座(現 独立行政法人労働者健康福祉機構青森労災病院)

Key words
◉ 甲状腺ホルモン不応症(resistance to thyroid hormone:RTH),
◉ TSH産生腫瘍(TSH-secreting pituitary adenoma),
◉ 不適切TSH分泌症候群(syndrome of inappropriate secretion of TSH:SITSH)

要旨
不適切TSH分泌症候群(SITSH)をきたす代表的疾患に甲状腺ホルモン不応症(RTH)とTSH産生下垂体腺腫(TSHoma)があるが,両者の鑑別が困難な症例にしばしば遭遇する。今回,われわれはびまん性甲状腺腫からSITSHが指摘され,下垂体MRIでミクロアデノーマが疑われたため当初TSHomaと診断された15歳の女児例を経験した。経蝶形骨洞手術が施行されたものの腫瘍はなく,その後の遺伝子検査でTRβ遺伝子に変異を認めRTHと判明した。RTHとTSHomaの鑑別の重要性を再認識させられた教訓的な貴重な症例であり,ここに報告する。

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