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学会雑誌抄録

『日本甲状腺学会雑誌』2014年4月号(Vol.5 No.1)

[特集1]甲状腺検査の進歩

次世代シーケンシングによる先天性甲状腺疾患の遺伝子解析

ゲノムワイド関連解析法と甲状腺疾患への適用

TSHの年齢別基準値

[特集2]甲状腺ホルモン代謝

Monocarboxylate transporter 8(MCT8)異常症

細胞質甲状腺ホルモン結合蛋白質:最近の知見

ヒトにおけるSelenoproteinの役割とSelenocysteine insertion sequencebinding protein2 (SBP2)異常症の表現型

甲状腺ホルモン代謝:up to date

[症例報告]

油性ヨウ素含有造影剤を用いた子宮卵管造影検査後の双胎妊娠において,一児にのみ胎児甲状腺腫を認めた一例

術後 6 年間無再発生存中の甲状腺未分化癌の 1 例

急性脳症を疑われ,救命し得なかった,甲状腺クリーゼの 4 歳女児例

シリーズ[ちょっとした疑問]

TSH 基準値裏事情~決定の真相と本邦での留意事項

[特集1]甲状腺検査の進歩

次世代シーケンシングによる先天性甲状腺疾患の遺伝子解析

鳴海 覚志
慶應義塾大学医学部小児科

Key words
◉ 遺伝子解析(genetic analysis),◉ 次世代シーケンシング(next generation sequencing),
◉ 標的遺伝子解析(targeted resequencing),◉ 先天性甲状腺機能低下症(congenital hypothyroidism)

要旨
2005年に登場した全く新しい原理をもつDNA配列解析手法である次世代シーケンシング(next generationsequencing:NGS)は,従来法の数万倍以上という桁外れの解析速度を武器に,臨床医学のあらゆる分野において革新的な研究成果を挙げている。本稿では,NGS登場の経緯,その原理とワークフローを概説する。また,筆者らが2012年から運用している,NGSを用いた先天性内分泌疾患(先天性甲状腺機能低下症を含む)の網羅的遺伝子解析系(Endocrinomeシステム)について紹介する。

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ゲノムワイド関連解析法と甲状腺疾患への適用

渡邉 幹夫
大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻生体情報科学講座,
大阪大学大学院医学系研究科附属ツインリサーチセンター

Key words
◉ 関連解析(association study),◉ 遺伝子多型(gene polymorphism),◉ 見失われる遺伝率(missing heritability),
◉ 量的形質遺伝子座(expression quantitative trait locus),◉ 感受性遺伝子(susceptible gene)

要旨
ゲノムワイド関連解析(GWAS)は,ゲノム上に存在する多型などの個体差のある配列情報と,疾患などの表現型との関連を解析して,表現型を遺伝的に規定しているゲノム領域を特定する解析方法である。分子遺伝学的解析法と情報処理技術の進歩によりcommon diseaseを対象としたGWASが容易となり,甲状腺疾患においてもさまざまな疾患感受性遺伝子が検出され,病因病態の解明につながることが期待されている。しかしながら,環境要因と密接に関係する遺伝要因は検出困難であることや,検出された遺伝子領域の機能が不明なために感受性への本質的な関係が証明できない場合が少なくないことといった問題があり,おそらくはこれらの問題のために,統計学的な有意性として検出されてもその効果は弱く,臨床的実用性には必ずしも結びつかない。したがって,GWASによる成果を応用するにはまだ解決すべき課題が多い。

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TSHの年齢別基準値

吉村 弘

Key words
◉ TSH,◉ FT3,◉ FT4,◉ 年齢別(age-specific),◉ 基準値(reference value)

要旨
FT3,FT4,TSHの基準値として用いられているものは,多くは20歳から60歳くらいまでの健常人のデータで作られ,この年代の基準値を小児および高齢者にも用いて甲状腺疾患の診断が行われている。しかしながら,TSHは,基準値上限は4歳から8歳までは成人より高くなり,基準値下限は4歳から15歳まで成人より高くなる。成人では40歳以上では20歳代よりも下限値,上限値とも高くなり,年齢とともに上昇する。甲状腺疾患の診断のためには年齢ごとに基準値を設定する必要がある。

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[特集2]甲状腺ホルモン代謝

Monocarboxylate transporter 8(MCT8)異常症

難波 範行
大阪大学大学院医学系研究科小児科学

Key words
◉ Allan-Herndon-Dudley症候群(AHDS),◉ Monocarboxylate transporter 8(MCT8),◉ SLC16A2
◉ 甲状腺ホルモントランスポーター(thyroid hormone transporter)

要旨
甲状腺ホルモン輸送能を有するトランスポーターは以前より同定されていたが,Monocarboxylate transporter 8(MCT8)の機能が明らかにされ,Allan-Herndon-Dudley症候群(AHDS)の原因遺伝子と判明するまで,生理的に機能する分子は特定されていなかった。MCT8の構造・機能の解析により,標的細胞における甲状腺ホルモン作用調節機構の詳細が次第に明らかになりつつある。AHDSはX連鎖性の精神発達遅滞,甲状腺ホルモン代謝異常を特徴とする疾患であり,AHDSの臨床症状・病態からMCT8の生理機能の解明を目指す研究もここ10年の間に飛躍的に増加した。しかしながら,MCT8の生理作用の全貌,またMCT8以外の生理的に機能する甲状腺ホルモントランスポーターについては,まだ未解明の点が多い。Mct8欠損マウスも作成されているが,ヒトと表現型が異なり,その理由についても推測の域を出ていない。今後,ヒト多能性細胞を用いた研究による病態理解のさらなる深化,治療への応用が期待される。

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細胞質甲状腺ホルモン結合蛋白質:最近の知見

鈴木 悟
福島県立医科大学医学部甲状腺内分泌学講座

Key words
◉ μクリスタリン(µ crystallin),◉ 担体蛋白(carrier protein),◉ 難聴(hearing loss),◉ 核外ホルモン作用(extranuclear hormone action),◉ アミノ酸代謝(amino acid metabolism)

要旨
甲状腺ホルモンは産生直後からさまざまな蛋白に結合し,末梢標的細胞の核内受容体へ輸送される。細胞膜から,輸送担体を介し取り込まれた甲状腺ホルモンは,最終的に核内受容体へトリヨードサイロニンとして結合し,その作用を発揮する。この細胞膜から核への輸送にかかわるµクリスタリンと呼ばれる蛋白を中心に,最近の知見を交えてまとめてみた。

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ヒトにおけるSelenoproteinの役割とSelenocysteine insertion sequencebinding protein2 (SBP2)異常症の表現型

鬼形 和道
島根大学医学部附属病院地域医療教育研修センター・小児科

Key words
◉ セレノプロテイン(Selenoprotein),◉ 甲状腺機能異常(dysthyroidism),◉ SBP2遺伝子(SBP2 gene),
◉ 変異(mutation),脱ヨード酵素(deiodinase)

要旨
生体に必須のセレン(Se)を構造にもつアミノ酸をセレノシステイン(Sec)と呼び,これを含む蛋白がセレノプロテイン(SeP)である。甲状腺ホルモンの活性化にかかわる脱ヨード酵素は,ヒトの酸化還元にかかわるSePに属する。ノックアウトマウスの検討から,さまざまな臓器・組織(乳腺,肝臓,赤血球産生,免疫系,心筋,脳),および男性不妊,さらに癌におけるSePの役割が明らかにされた。ヒトSBP2異常症の表現型は,甲状腺機能異常(T4高値・T3低値・TSH基準値~軽度高値),精神発達遅滞,骨年齢遅延を伴う成長障害,および低Se血症を呈する。

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甲状腺ホルモン代謝:up to date

豊田 長興
関西医科大学内科学第二講座

Key words
◉ 1型ヨードサイロニン脱ヨード酵素(Type 1 iodothyronine deiodinase:D1),
◉ 2型ヨードサイロニン脱ヨード酵素(Type 2 iodothyronine deiodinase:D2),
◉ 3型ヨードサイロニン脱ヨード酵素(Type 3 iodothyronine deiodinase:D3)

要旨
T4は,細胞核に存在する甲状腺ホルモン受容体に結合し,標的遺伝子の転写を調節することでその主な作用を発揮する。甲状腺ホルモン受容体への親和性の違いにより,T4は前駆ホルモン,T3は活性型ホルモンと考えられる。細胞内のT3濃度は,①血中より細胞内に輸送されるT3の量,②Type2 iodothyronine deiodinase(D2)により細胞内でT4より転換されるT3の量,③Type3 iodothyronine deiodinase(D3)によりT3からT2へ転換される量などにより調節される。D2およびD3の発現量は,細胞の種類,age,種により異なる。このように細胞内T3濃度は,D2およびD3により精巧に調節されている。

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[症例報告]

油性ヨウ素含有造影剤を用いた子宮卵管造影検査後の双胎妊娠において,一児にのみ胎児甲状腺腫を認めた一例

兼重 照未*1,荒田 尚子*1,杉林 里佳*2,住江 正大*2,和田 誠司*2,梅原 永能*3,三戸 麻子*1,佐藤 志織*1,原田 正平*4,村島 温子*5,左合 治彦*5
*1:国立成育医療研究センター周産期・母性診療センター母性内科,*2:国立成育医療研究センター周産期・母性診療センター胎児診療科,*3:国立成育医療研究センター周産期・母性診療センター産科,*4:国立成育医療研究センターマススクリーニング研究室,*5:国立成育医療研究センター周産期・母性診療センター

Key words
◉ 子宮卵管造影検査(hysterosalpingography:HSG),◉ 胎児甲状腺腫(fetal goiter),◉ ヨウ素過剰(iodine excess)

要旨
不妊症の検査として一般的に行われている油性ヨウ素含有造影剤を用いた子宮卵管造影(HSG)では,検査後に妊娠成立した場合には,母体のみならず,胎児もヨウ素過剰による甲状腺機能異常症を来すことが報告されている。今回,HSG直後に妊娠成立した二卵性双胎のうち一児にのみ胎児甲状腺腫を認めた症例を経験した。注目すべき点は,両児は子宮内におけるヨウ素曝露環境がほぼ同一であるにもかかわらず,一児にのみ胎児甲状腺腫を認めた点である。ヨウ素に対する甲状腺の感受性が両児間で異なることが推測された。

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術後 6 年間無再発生存中の甲状腺未分化癌の 1 例

児玉 ひとみ*1,3,中村 靖*1,小野田 教高*2,岡本 高宏*3
*1:埼玉石心会病院乳腺内分泌外科,*2:埼玉石心会病院内分泌代謝内科,*3:東京女子医科大学内分泌外科

Key words
◉ 甲状腺未分化癌(anaplastic thyroid carcinoma),◉ 予後因子(prognostic factors),◉ 長期生存(long-term survival)

要旨
【はじめに】甲状腺未分化癌(ATC)は非常に予後不良であるが,まれに長期生存例の報告がある。治癒切除後頸部照射を追加し,6年間無再発生存中の症例を経験したので報告する。【症例】76歳女性。主訴は疼痛を伴う右頸部腫瘤の増大。US上甲状腺右葉に1.6 cm大の石灰化を伴う境界不明瞭な低エコー腫瘤と右葉下極に接してリンパ節が疑われる不整形腫瘤を認めた。甲状腺結節の細胞診から甲状腺乳頭癌,リンパ節と思われる腫瘤の針生検からATCと診断され,甲状腺亜全摘術+右D2郭清を施行し,治癒切除が可能であった。病理組織診断では甲状腺内に乳頭癌と未分化癌が混在して認められた。リンパ節転移は1つを除いてすべて未分化癌の転移であった。術後頸部に60Gy放射線照射を施行した後,6年経過した現在まで再発の兆候は認めない。【考察】ATCはほとんどが数ヵ月以内に不幸な転帰を辿るため,予後予測因子を参考にして慎重に治療方針を選択する必要がある。本症例では,治癒切除と頸部照射,先行病変の存在が予後良好因子と考えられた。

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急性脳症を疑われ,救命し得なかった,甲状腺クリーゼの 4 歳女児例

南谷 幹史*1,荻田 純子*2,黒崎 知道*2
*1:帝京大学ちば総合医療センター小児科,*2:千葉市立海浜病院小児科

Key words
◉ 甲状腺クリーゼ(thyroid storm),◉ 急性脳症(acute encephalopathy),◉ 洞性頻脈(sinus tachycardia)

要旨
甲状腺クリーゼは放置すれば死に至る重篤な病態であるが,成人甲状腺中毒症患者の0.22%を占めるまれな病態である。小児科領域ではさらにまれと考えられ,実態は不明である。
従来,救急医療の現場には甲状腺クリーゼ患者が受診している可能性が指摘されている。特に小児救急医療の現場では,甲状腺疾患が鑑別に挙げられることは少なく,発熱を伴う中枢神経症状を呈した患児を診察した場合,急性脳症と診断され,甲状腺クリーゼが見逃されている可能性がある。
今回,われわれは急性胃腸炎症状,意識障害を呈し,急性脳症と考え処置を開始したが,急激に悪化し,心停止に至った甲状腺クリーゼの4歳女児例を経験した。父親にGraves病の既往歴があったが,甲状腺中毒症状には気づかれていなかった。処置中に偶然甲状腺腫に気づき診断に至った教訓的な貴重な症例であり,ここに報告する。

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シリーズ[ちょっとした疑問]

TSH 基準値裏事情~決定の真相と本邦での留意事項

網野 信行,井出 茜
医療法人神甲会隈病院内科

Key words
◉ 甲状腺刺激ホルモン(TSH),◉ 基準値(reference value),
◉ 潜在性甲状腺機能低下症(subclinical hypothyroidism),◉ 妊娠(pregnancy)

要旨
潜在性甲状腺機能低下症(subclinical hypothyroidism:SCH)の診断には,健常上限のカットオフをどの値に設定するかが重要である。欧米におけるTSHカットオフ値2.5µU/mLはDr. C. Spencerにより提唱されたが,エビデンスとなる論文はない。TSH測定にはキット間差があり,正常値付近の検査には高い再現性が要求される。筆者らはカットオフ値3.0µU/mLを設定した。
TSH値判読には,どのキットを使用しているか,検査の精度管理がどこまで厳密に実施されているか,各自または各施設で改めて確認する必要がある。

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